筆者のうつ体験記【第四話】退職後、ニート生活を経て異職種へ!?

うつ病

こんにちは、なおきちです。

四回目となりました”うつ”関連の記事。

今回は”うつ状態”だと診断された後の、わたしの生活についてご紹介します。

退職し、帰郷。

そしてニートという生活が待っていたわけですが…。

なおきち
なおきち

いろいろありました…。

今回の内容
  • うつ状態と診断された後の生活について
  • 異職種へ転職!?

(前回の記事をまだお読みでない方はこちらからどうぞ)


退職、帰郷、そして抜け殻状態のニート

腱鞘炎とうつ状態を患ってしまったわたしは、勤務していた会社を辞めることにしました。

いっしょに働いていた現場の方々には退職の挨拶もしたのですが、突然会社に来なくなったわたしにムカついていたのか、それとも余裕がなかったのか

「おう、お疲れ」

くらいの簡単な返事しか返って来ませんでした。

なんだか悲しいなと思っていたところ、意外な方々から声をかけてもらったんです。

なおきちさん、一生懸命頑張ってたのに…。

とても残念です。

田舎に帰っても、元気でやってください。

意外にも総務や経理など、「事務職」の方々が、わたしの退職を惜しんでくれたんですね。

菓子製造の現場で働いていたわたしは、事務の方々とは材料を発注するときや勤務表をもらいに行くときくらいしか、関わりがなかったはずなのですが…。

しかしこのとき

「ああ…事務職の人たち、優しいな」

と、ジーンときたのを覚えています。

このありがたい感情が、わたしの将来を左右したのかもしれません。

続きはのちほど。

さて退職したわたしは、片田舎の実家に戻ります。

そして迎えた生活がこちら。

抜け殻状態のニートと化す
とにかく、なんにもやる気が起きません。

しばらくは寝ることしかできませんでした。

そりゃ、「うつ状態」であればそうなりますよね…。

しかしそんな娘を責めることなく、温かく見守ってくれた両親には感謝です。

そこから数年間ほぼニート生活を送っていたのですが、だんだんとこう思い始めました。

なおきち
なおきち

そろそろ働かなきゃ、まずい…。

余談:精神科にはA医院へ一回行っただけ。薬も飲まなくなった。

ここで少し余談です。

ニート当時、精神科へは通っていませんでした。

最初にお世話になったA医院で薬も処方されたのですが、自己判断でだんだん飲まなくなっていたんです。

薬を飲まなくなったわけは、退職して帰郷したらかなり精神的に落ち着いたこともありますが、

なおきち
なおきち

わたし、「うつ状態」だからそんなに重くないよね。

薬は飲まなくてもいいんじゃない?

と、「うつ状態=軽いもの」だと思い込んでいたからなんですね。

前回の記事で「うつ状態」を軽く見ないようにと触れておきながら、実は自分自身が一番軽く見ていました…。

この自己判断、絶対に真似しないでください。

たまたまわたしの場合は薬を飲まなくても精神的に安定したのですが、薬を飲まないことで症状が悪化してしまうこともじゅうぶん考えられます。

決して自己判断で通院や薬を辞めたりせず、必ず医師に相談するようにしてください。

(ちなみに腱鞘炎は、退職したとたんに治りました)

ニート、自分の将来を真剣に考える

さて、話は戻ります。

なおきち
なおきち

そろそろ働かなきゃ、まずい…。

と思い始めたニートのわたし。

親だっていつまで元気でいられるか分からないし、自分の食べる分くらいは自分で稼がなきゃいかんよなと。

23歳くらいの時です。

(我ながら真面目だな)

そしてわたしは、これからの自分の人生をどう送りたいのか。

ふと立ち止まって考えることにしました。

  • 肉体労働だったパティシエの仕事は、歳をとってからじゃきつい。
  • そもそも、この片田舎ではケーキ屋さんが少なくて就職先がない。
  • 肉体的に無理のない仕事をしたい。
  • 就業時間も短い方がいい。
  • 自分の性格上、結婚はしないかもしれない。
  • 歳をとっても、片田舎でも、続けられる仕事は何だろう?

ここまで洗い出したところで、ふと前の職場でわたしの退職を惜しんでくれた事務職の人たちの顔が浮かびます。

なおきち
なおきち

事務職の皆さん、優しかったなあ…。

精神的にも肉体的にも、余裕があったからなのかも?

…。

それに、結構年配の人も働いていたよね。

わたしも事務職、やってみる?

母親は事務職への転職は反対。

そんなわけで母親に「わたしは事務職をやりたい」と告げたところ、猛反対。

あんた、事務職は大変よ?

隣の芝生は青く見えるっていうじゃない。

わたしも何十年と事務に関わってきたから分かるけど。

ちょっとパソコンが好きなくらいじゃ、勤まらないわ。

母は地元の企業で経理の仕事をずっとしてきたため、言わば事務職の先輩でもあり超ベテランです。

かたや製菓の仕事しかしたことがなく、現在はニート生活を送っているわたし。

そりゃ、何十年も事務職に携わってきた母が反対するのも無理はないでしょう。

パソコンが好き、というのだってネットサーフィンを一日中しているくらいなものです。

ここは母親に、本気なところを見せなくてはなりません。

なおきち
なおきち

と、とりあえずワードとエクセルだけは勉強してくるわ。

と言って数カ月間パソコンスクールでパソコンの基本的な操作を学び、ワードとエクセル、ついでに簿記入門のコースを修了。

その時には、事務職に転職することを反対していた母にも本気度が伝わったのか、

…。

まあ、やるだけやってみなさいよ。

と、呆れ半分で見守ってくれるようになりました。

そしてたまたま運よく「未経験可能」と書かれた一般事務の求人を見つけて応募。

なおきち
なおきち

未経験ですが、何でもやります!

頑張ります!

と、履歴書でも面接でもやる気満々にアピールしたのが良かったのか、採用。

晴れて、とある中小企業の事務員として働くこととなりました。

(だいぶ端折りましたが、パソコンスクールから事務員採用までの間も結構いろいろありました。

このお話はまたの機会に)

向き不向きは抜きにして、事務職好きかも?

わたしが事務員として、どんな会社に就職することが出来たのか。

身バレが怖いため詳しい業種は伏せておきます。

(決して怪しい業種ではありませんよ)

とにかく、とある中小企業の事務員として働き始めたわたし。

最初は慣れない事務作業に戸惑ったりしましたが、半年も経った頃でしょうか。

ふと、こう思ったんです。

なおきち
なおきち

わたし、もしかしたら事務職好きかも。

前職が肉体労働だっただけに、事務職の肉体的負担がとても少ないことは有難かったです。

(肩こりはありましたが…)

ですが事務職って、ただひたすらデータ入力や伝票整理などの事務仕事をすればいいだけではありません。

  • お客様が来店したら応対
  • お茶出し
  • 電話対応
  • 現場で働く人たちへ仕事内容を伝達
  • 雑務
  • etc.

このようなことも、気を配ってやらなくてはなりません。

お客様の中には機嫌の悪い方やクレーマーもいましたし、現場で働く人たちからはストレスのはけ口みたいにされることもありました。

それに、トイレ掃除や買い出し、蛍光灯が切れたら交換、郵便局へ郵便物を出しに行く、銀行へ両替に行く等々の雑務も際限なくあります。

ですがどれも

なおきち
なおきち

パティシエ時代のつらさに比べたら、大したことはない。

と思えるものばかりだったんですね。

人生で最初に働いた職場が過酷だと、その後の仕事が少々つらくても耐えられるんだなと。

ストレス比だと下記のようなイメージです。

パティシエ 肉体的ストレス100% 精神的ストレス95%
事務職        肉体的ストレス20% 精神的ストレス40%

事務職とひと口に言っても、職場によって働きやすさは違うと思います。

わたしはたまたま運よく、自分に合う職場に巡り合えたのが大きかったんでしょう。

それに、事務職って言わば「縁の下の力持ち」的な要素があるのですが、それも性に合っていたかもしれません。

しかしストレスは大幅に軽減されたものの、少しずつ自分の体調がおかしくなっているのも感じていました。

この続きはまた次回に。

今回のまとめ

うつ状態で退職したあとの生活
  • 帰郷し、抜け殻状態のニートと化す
  • そろそろ働かないとまずい→事務職へ方向転換
  • 精神科へは通わず、薬も飲まなくなった
    →症状が悪化する可能性も。決して真似しないでください。

今回はわたしが”うつ状態”と診断され、退職し帰郷したあとの生活についてお話しました。

まったく未経験であった職種にチャレンジしたことは、若かったとはいえ大胆な決断をしたなあと思います。

しかし人生、どんな経験も決して無駄にはならなかったとアラフォーの今、つくづく感じているのも事実。

次回は事務職として働き始めて数年後、体調を崩してふたたび精神科のお世話になるお話をしますね。

ではまた。

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