筆者のうつ体験記【第一話】うつと診断される前の生活について

うつ病

こんにちは、なおきちです。

突然ですが実はわたし、過去にうつ病と診断されたことがあるんです。

今はもうだいぶ良くなったので、こうしてブログも出来ているわけなのですが。

うつにかかったことがある方なら分かっていただけると思いますが、うつ病ってとてもつらいんですよね…

そこで今回から何回かに分けて、わたしが体験してきた「うつ病」についてお話をしていきます。

今回の内容
  • わたしはうつ病を経験しています
  • うつ病と診断される前の生活について

わたしはうつ病(軽度)を経験しています

現在はこうしてブログを書いたりできる状態にまで回復したわたしですが、実はうつ病を患っていたことがあります。

正確には現在も心療内科に通院をしており、処方された抗うつ薬を毎日飲んでいます。

ですが通院と薬の効果もあり、2020年3月には「寛解」(ほぼ完治に近づいた状態のこと)という状態にまで回復しました。

最初に”うつ状態”と診断されたのは21歳頃のことでしたが、

そもそもうつ状態だと診断される以前から、「なんだかわたし、おかしいな」と思うことはたびたびあったんです。

うつ病と診断される前~小学生から専門学校生時代~

思えば小学生時代から、こういう感覚はありました。

  • わたし、他の子たちと違って少し変かも。
  • なんとなく、生きづらいな。

コミュ障ぎみであることも災いし、小学校低学年のころには一日中誰とも喋らなかった日もありました。

なんでこんなに生きづらいんだろう。

むしろ、他の子はどうやっていきているんだろう。

そう思う日々でした。

小学校高学年になると少しずつ喋るようにはなりましたが、それでも生きづらさは変わらず。

ですが小学生時代のことは長くなりそうですし、取り立てて大事件もなかったので省略。

人生においての印象深い出来事が起こったのは、中学校に上がって間もなくの頃でした。

環境になじめず、不登校になった中学校時代

中学校に進学すると、小学校とはまったく環境が変わります。

皆さんの中にも、中学校に上がってこんなことに戸惑った経験をお持ちの方はいらっしゃいませんか?

中学校生活が小学校生活と異なる点
  1. 教科ごとに先生が変わる
  2. 部活
  3. 上下関係が始まる
  4. 制服着用

わたしは主にこの4点で戸惑いました。

小学校時代は言わばフリーダムに生活できていたわけですが、中学校に上がると勝手が違います。

特に私の通っていた中学校は、地域性や時代もあったのでしょうが、学校全体が結構ガチガチの体育会系。

しかもわたしは、校内の運動部の中でもとくに厳しいと言われていた、バスケットボール部に入部したんですね。

小学校では陰キャとまではいかなくとも、そこまでスポーツ大好き少女というわけでもなかったわたし。

ガチな体育会系であるバスケ部の雰囲気には、なかなか馴染むことが出来ませんでした。

毎日毎日

「声が小さい!」

「何やってるんだ!」

などと怒鳴られます。

部活でも怒鳴られ、生活態度を改めろと理不尽に教師に怒鳴られ、中学校って怒鳴られていた記憶しかありません。

今なら笑い話で済まされますが、当時の中学校生活はまるで軍隊です。

本当に軍隊。つらかったですね。

結果どうなったか。

中学校一年の後半で、不登校になった

学校に通えなくなります。

朝、起きようと思っても起きられないんですね。

それに何も考えることが出来ない。

体は重く、だるい。

「それ、うつじゃん」

と今なら思うのですが、当時は外にも出られない、誰にも会いたくないという状態でしたから、当然病院にも行くことが出来ません。

親は我が子が学校に行かれなくなったことについて、かなり動揺していました。

お決まりのように

「どうして学校に行かれないの!」

「学校に行かなきゃダメでしょ!」

と怒る日々。

ですが次第に「これは普通じゃない」と思ったのか、

「学校に行かれないのなら、行かなくてもいい」

というスタンスに変わっていきました。

それから年月は経ち、約2年。

この間にはとても色々なことがありましたが、それはまた別の機会にでもお話します。

気付けば中学校3年生になっていたわたしは、

「高校くらいは出ておかないと」

と考えたんでしょうか。

あんまりその辺は覚えていませんが、何とか近所の公立高校に合格し、高校生活を迎えます。

高校は一転、フリーダム

正直、学校は大嫌いだったので高校も行きたくありませんでした。

ですが高校くらいは、と思ったかどうかは覚えていませんが進学。

そして迎えた高校生活は、ガチな体育会系で軍隊的だった中学校時代と比べてフリーダムそのものでした。

高校生活はこんな感じ
  • 部活動は必須ではないため帰宅部
  • 上下関係ほぼなし
  • 遅刻、早退当たり前
  • 無断欠席当たり前
  • 拘束?破るためにあるんじゃね?

そこまで厳しくない学校、というより、まったく厳しくありませんでした。

よくこれで卒業できたね、というくらいにゆるゆるな高校。

茶髪ピアス当たり前。

月に一度の服装チェックだけ切り抜けることができれば、あとはほぼ何でもOKみたいな学校でした。

実際のところ地域からの評判はあんまり良くない高校ではありましたが、

このゆるい校風じゃなかったら通学できていなかったかもしれません。

途中、休みがちだったりしたこともありましたがなんとか無事卒業。

いい意味でゆるい母校に感謝です。

そして高校を卒業すると、県外の専門学校に進学します。

専門学校もそんなに厳しくなかった

高校卒業後は、県外のとある専門学校に進学しました。

厳しい業界だと聞いていてドキドキしていたのですが、今から思えばそこまで厳しくはなかったかな、というのが印象。

そりゃ実習のときには先生も怖かったことありますが、そうは言っても我々生徒は「お客様」ですからね。

その後社会に出たときにはもっと厳しい世界が待ち受けていたので、専門学校時代を思い返せば

「ああ、お客様扱いされていたな」と。

そんな専門学校時代ですが、人生初ともいえるバイトを始めたときには少し戸惑いました。

バイトを始めて「自分のダメさ」に気づく

専門学校に進学するまでの人生、ほぼ「バイト」というものをしたことがなかった私。

そろそろ、バイトしなきゃなーと思って一年生の秋頃、居酒屋でホールスタッフとしてバイトを始めました。

そもそもコミュ障気味であるわたしが、居酒屋でバイトなんてよくやろうと思ったものです。

というより、なぜか

学生のバイト=飲食店
という先入観があったので、飲食店以外のバイトがあることすら思いつかなかったんですね。

信じられないかもしれませんが、本当です。

世間知らずもいいところですよね。

というわけでコミュ障なのに居酒屋でバイトを始めたわたし。

案の定

「何やってるの!?」

「もっときびきび動けよ!!」

等と怒鳴られます。

そう、まるであの軍隊式だった中学校を思い出させるようなこの環境。

怒鳴られるたびに「ああ、わたしってダメだな…」なんて落ち込む日々を送っていました。

そして結局2カ月ほどでバイトも辞めます。

「わたしは中学校でも不登校になって、18にもなったのにバイトも続かなくて、ダメ人間だ…」

と、自分を責め続けたのを覚えています。

学校でも落ちこぼれ的な存在ですし、自信もないしで暗い日々を送っていましたね。

18~20歳なんて一番楽しい時期なのに、なんだか暗い思い出ばかりでもったいないなと思います。

それから専門学校を卒業し、菓子製造業の会社に就職します。

ここで、はじめて”うつ状態”という診断を受けることになるわけなのですが…

この続きはまた次回にお送りしますね。

今回のまとめ

筆者が”うつ状態”と診断される前はこんな感じでした
  • 小学校時代から、何となく生きづらさは感じていた。
  • 中学校では環境になじめず、不登校に
  • 高校はフリーダムな環境だったため無事卒業
  • 専門学校時代に始めたバイトで、自分のダメさを思い知る

今回から数回に分けて、わたしが経験してきた「うつ」についてお伝えします。

わたしの場合は軽度ではありましたが、それでもとてもつらいものでした。

今回はわたしが「うつ状態」と診断される前、

小学校時代から専門学校時代にかけての様子を簡単にご紹介しました。

次回は、実際に「うつ状態」と診断された会社員時代についてをご紹介していきます。

何回にも分かれて長くなりそうですが、最後の回までお付き合いくださいましたら嬉しいです。

ではまた。

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